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10月 07

選択権のない結婚

源平盛衰記』の中に、一ノ谷の戦いで源氏の武者・熊谷次郎直実は、敗走しようとする平敦盛に、「おまえは敵か味方か」と問いただす場面があります。敦盛が「味方だ」と答えて逃げようとするところを、「源氏にお歯黒をつけている者がいるか」と一喝するのです。平安時代の男性の服装は、とにかくケバケバしいものでした。これは、平安時代の婚姻が、宮廷というものの存在をパックにした妻問(つまど) い婚(夫が妻の閨房を訪ねていくという様式)だったため、男性のほうから女性にアピールしなければならなかったからです。新しい出会いがで、あったらここで紹介したことを気にしてみてください。恋の歌を読んだりするのもそうした一環でしょう。平安時代の男性の求愛行動は、優雅ではありましたが、とにかくひじょうに手のかかるものだったのです。戦国時代に入るまでの日本の男性の装いは、ひじょうに重要な役割を果たしていました。武士の正装は、自分が強い男であり、能力があるということをアピールし続けるためのものでした。また、敵に対する威嚇(いかく) という意味もありましたし、さらに、自分を召しかかえてくれる有力な主君を見つけるためのPRでもあったのです。当然、求愛行動においても、自分をアピールする武器でした。ところが戦国時代以降、封建制度が確立するにしたがって、女性はまるで物品のように扱われるようになり、結婚についても女性の選択権はまったくなくなりました。そうなると、男性は派手に装う必要がなくなります。

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